甲子園という野球の聖地の歴史は?意外と知らない情報をチェックしよう

甲子園という野球の聖地の歴史は?意外と知らない情報をチェックしよう

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甲子園球場の完成

甲子園球場が作られた理由は、元々は全国中等学校優勝野球大会の開催のためでした。

この全国中等学校優勝野球大会とは、現在の全国高等学校野球選手権大会のこととなります。

そして甲子園球場は、日本ではじめて作られた大規模多目的野球場でもあるのです。

こうしたことから、今でも高校野球の全国大会を「甲子園」と呼んでいます。

そんな甲子園こと阪神甲子園球場が完成したのは1924年であり、名前の由来は十干十二支の組み合わせの「甲子」から由来しているのです。

建設は、大阪朝日新聞と鳴尾球場所有者の阪神電鉄が中心となり進めました。

これは大正時代から始まっていた全国中等学校優勝野球大会は、かつては鳴尾球場で開かれていたためです。

しかし時代とともにこの大会の人気が高まり、新たに球場を作る運びとなったことから両社が舵を取りました。

その後にさらに、周辺の開発も行われていきます。

ちなみに皆さんが今知っている現在の阪神甲子園球場に至ったのは、2010年のことです。

甲子園といえば高校野球

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甲子園球場の建設に至るまでを見て分かるように、もともとが全国中等学校優勝野球大会の開催のために作られた球場なのです。

上述していますが全国中等学校優勝野球大会は、今の全国高等学校野球選手権大会となっています。

そのため今でも「甲子園」といえば、「高校野球」のイメージが浸透しているわけです。

毎年8月にこの大会が行われることから、「夏の甲子園」とも呼ばれています。

全国の県大会を勝ち抜いてきた高校チームが、全部で49校でトーナメントを行い優勝を争う大会です。

その歴史は古く、大正時代である1915年にまで遡ります。

上述の通り、朝日新聞によって行われた全国中等学校優勝野球大会から始まったのです。

そしてこの大会が甲子園球場で行われるようになったのは、第10回大会からとなっています。

すでに90年以上の歴史を誇ることとなっているのです。

この大会が高校野球の最高峰であり、さまざまなドラマを生み出すことで知られています。

また高校3年生選手では、大会での活躍を機にプロにスカウトされることもあるのです。

そのため全国でも多くのファンが、世代を問わず熱い注目を集める大会となっています。

そうした背景もあり、甲子園球場は高校野球の聖地と呼ばれているのです。

もう一つの大会「センバツ」とは?

甲子園球場で行われる高校野球で、一般的に「甲子園」と呼ばれる大会は夏の全国高等学校野球選手権大会でした。

しかし甲子園球場で行われる、高校野球の大会にはもう一つあるのです。

それは毎年の春に行われている、「センバツ」と呼ばれるもので「春の甲子園」と呼ばれることもあります。

こちらの大会は阪神甲子園球場の完成と、夏の甲子園の人気の高まりを受けてできた大会です。

始まりは甲子園球場の完成と同じ1924年からとなっており、正式に甲子園球場で行われたのは1925年の第二回大会からとなります。

夏の大会との違いは、まず主催会社が毎日新聞という点が異なる点です。

また出場高校についても、前年の秋季地区大会の成績から考慮した一般推薦となっています。

また野球以外の分野で、模範となるなどの理由で推薦される21世紀枠という特別枠も設けられているのです。

単純に県大会を勝ち抜いたチーム同士が、日本一を争う夏の大会とは根本から違ってきます。

夏の甲子園だけでは、限られたチームしか辿り着けなかった甲子園球場という聖地に、より多くの高校が立てるチャンスがあるわけです。

また春の甲子園に出場できるチームはやはり実力があるわけで、その後の夏の甲子園出場に繋がることも多くなります。

そのため春の甲子園も、全国の野球ファンから熱い注目を集める大会なのです。

このように甲子園球場が聖地と呼ばれる理由には、単純に大きな野球の大会があるからにとどまっていません。

その大会に深い歴史があり、そして球場自体がその大会開催のために作られたという経緯があるからこそなのです。

今年は春から、甲子園球場の歴史に思いを馳せながら高校野球大会に注目をしてみてはいかがでしょうか?

少し違った楽しみ方が出来るかもしれませんよ。