横浜DeNAベイスターズは70周年!前身球団は紆余曲折のチーム?

横浜DeNAベイスターズは70周年!前身球団は紆余曲折のチーム?

yokohama dena bay stars

横浜DeNAベイスターズの誕生

横浜DeNAベイスターズは、山口県下関市で1949年(昭和24年)の11月22日に誕生しました。

もっとも誕生時の球団名は横浜DeNAベイスターズではなく、その前身である大洋ホエールズです。

そして誕生後には、プロ野球のセントラルリーグに所属となります。

誕生時ではプロ野球は1リーグ制であり、球団拡張を主張する勢力とそれを阻止しようとする勢力とで連盟が分裂していた頃でした。

結果的には翌年の1950年に2リーグ制となり、誕生したセントラルリーグとパシフィックリーグの内のセントラルリーグへの所属となったのです。

こうした経緯があったことから、1949年という年は多くの新規球団が誕生した年でもあります。

もともと8球団1リーグ制だったところを、大洋ホエールズを含めた新規7球団を合わせた15球団での2リーグ制スタートとなりました。

このように横浜DeNAベイスターズは、歴史が古い球団であるものの多くの球団が新規誕生した年に同じく出来た球団でもあるのです。

そしてそのことが、横浜DeNAベイスターズの前身である大洋ホエールズを紆余曲折へと導いていきます。

横浜DeNAベイスターズの前身大洋ホエールズ紆余曲折の歴史とは?

1949年のプロ野球が2リーグ制となる直前に、多くの球団がバタバタと誕生をしました。

そのためなのか、わずか球団が設立1年で経営に行き詰まる球団も出てしまったのです。

このことによりセリーグの球団数は7球団となり、チーム数が奇数では試合日程が組みにくいということになりました。

そこで取られた調整方法が、1952年の年に最下位に終わった2チームを合併することだったのです。

その2チームというのが松竹ロビンスと、今回の大洋ホエールズでした。

この合併により1953年に球団名は「松竹大洋ロビンス」となり、本拠地も大阪へと移すのです。

翌年には「洋松ロビンス」と球団名がさらに変わったものの、この年をもって松竹が球団経営から身を引きました。

そのことで1955年からは、球団名は再度「大洋ホエールズ」に戻るのです。

しかも親会社の大洋が下関市から東京の千代田区に遺伝したことから、大洋ホエールズも本拠地を川崎へと移します。

1年単位でバタバタと、球団名やら拠点が変わっていたのですね。

前身である大洋ホエールズ時代は、まさに紆余曲折の歴史と言えるでしょう。

横浜DeNAベイスターズの前身大洋ホエールズの成績は?

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紆余曲折していた頃の大洋ホエールズは、そんな状況では当然といったところで安定して悪いものでした。

1954年から1959年までの6年間は、なんと6年連続で最下位です。

チーム名やら拠点がコロコロと変わっていた頃に重なりますので、結果を出せなくても仕方ないかもしれませんね。

しかし1960年に名将三原脩氏を招き入れると、その年から球団はガラッと変わります。

1960年には球団は初優勝を果たしただけにとどまらず、そのままの勢いで日本シリーズも制したのです。

それ以降は最下位、2位、1年挟んでまた2位と強かったり弱かったりを繰り返す球団となります。

さらにその後は最下位こそ無いものの、優勝争いには無縁となっていくのです。

そして川崎時代の最後の2年となる1976年と1977年は、連続の最下位となります。

このように横浜DeNAベイスターズの前身球団は、紆余曲折の歴史を持つ上に戦績についてもジェットコースターのような状態でした。

そこから横浜に拠点を移し、そして今の横浜DeNAベイスターズへ投手と繋がっています。

今の横浜DeNAベイスターズは紆余曲折やら、ジェットコースターなイメージはありませんね。

直近でも2019年度はセリーグ内で2位と、もっとの活躍が期待できます。

バタバタの時代に誕生した、横浜DeNAベイスターズの前身の大洋ホエールズの歴史にフューチャーした紹介でした。

同じ時代に誕生した球団でも、多くの球団が経営の行き詰まりなどで消滅しています。

戦績などはともかく、しっかりと大洋ホエールズが生き残ったからこそ今の横浜DeNAベイスターズがあるわけですね。

70年の歴史というのはやはり凄いもので、そんな思いを馳せながら試合を完全するのも面白いかもしれませんよ。